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神のブログ

 

 


 おう、ついにアクセス数がゼロになってしまったよ。

 

 

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      アクセスゼロ・ブロガー  マエシンイチ

 

 

 しょうがないことである。
 俺はすでにアクセス数をあきらめかけている。
 何かよいことを書き続けていればいずれアクセスが伸びるだろうと思うのは、おいしいコーヒーを淹れていればいつか客が入るだろうと考えるサビれた喫茶店店主のようで、そういう喫茶店は僕はよいと思う。
 武蔵小山にそんな薄汚れたカフェーがありよく行っていた。店主は黄ばんだ白髪の爺さんでな、アイスコーヒーが銅製のカップで出されてなあ。店内もなんだか薄暗くて居心地がよかったよ。
 しばらく経ったらつぶれていたがね。
 ハッハッハ!
 それはしょうがないことで、薄暗いブログを書いていれば繁盛の心配もなく、爺さんは大通りに出て客の呼び込みはしない。

 ウェブ上の大通りと言えばヤフーとかそのほか大きなショッピングサイトとかだろうが、ショッピングっていうか、人気サイトは広告が多くて、その感じは看板の多い渋谷や新宿駅前の風景に似ている。WEB(クモの巣)を地下鉄路線図に例えると、いや、例えてもしかたない感じがするからそれはおいて、或いはWEBがキホン的に言葉で成っているので、言葉とクモの巣をLINKさせて考えたらいいかもしれなくて、意味というのは言葉同士のつながりのことを言う。

 あのさあ。
 イメージでいうとさあ、クモの巣より分子のな、団子たちが棒でつながったようなイメージがあるじゃん。分子の模型っていうか、分子のモデルかな。ああいう感じの、もっとドデカイやつね、そういう感じで俺は言語世界を捉えているよ。脳内のニューロンとかもそういう感じじゃなかったかなあ。ニューロンだっけ。シナプスだかよく覚えてないが。電気信号を送るヤツ。そういう構造でサイト同士がつながってるっていうか、その仕組みはきっと脳内の構造が現実に顕在化したものだよね。養老孟司が言いそうなこったよ。そうそう、「唯脳論」の養老タケシ。面白い本だよ。ここでアマゾンの広告貼り付けるとこだね。俺はしないけどね、そんなこと。

 だから言葉でモノを考える際、我々は脳内のニューロンだかクモの巣を広げたり、ある場所とある場所をイトでつなげたりしているんで、例えや比喩を考えつくのももちろんそういう作業だ。「ブログ」ということ(言葉)を「店」ということにつなげて考えるのは、タイシタことではない。そういう例えはすでに誰かが言っていて新鮮でない。思いがけない意外な言葉同士がつながると、「分かった」ことになり、つまり言葉での理解のことである。もう少し正確に言うと、意外な言葉同士を理屈でつなげられれば、「理解」になり、感覚的にオモシロがるのなら「詩」になるんじゃなかろうか。笑いに興味のある人間なら「ギャグ」もその周辺に位置することに気がつく。そういう理解である。
 
 だからどうした。
 俺の薄暗いブログが思いがけなく人気サイトにリンクされたらよいね、などと俺は思わない。思いがけもしない。
 パロディとか二次創作とかなんだか「意味」を攪乱させる風のものがある。或いは大通りでは通じないマニアックなサイトがある。裏通りみたいなソンザイのサイトがある。決して大通りには面さないぞ、という態度で書き込みをする。一部にしか通じないギャグを言う。ネット用語(=暗号)を多用する。しまいに「俺語」でしゃべりだす。
 なんだか「大通り」対「裏通り」の構図になりそうだ。
 意味を固定したい方と、意味を混乱させたい方だね。
 WEB上にそういう構図が見てとれるということは、俺の頭にそういう構図があるということで、なんかツマラナイですね。
 でもそう見えてしかたない。
 まとめサイトで簡単に物事をかたづけたり、しかし色々と検索していけば雑多な情報で混乱してきたり、色んな考え方を差し出してくるので疲れてしまう。
 色んな「考え方」の考え方があるってことだね。

 街にしろ、WEBにしろ大通りと裏通りのような差が必ずできるのは面白い。
 それは言語ってものがそういうつくりになっているからだろう。言葉の構造がね。重大なことと瑣末なこと、どうやら差をつけたく思っているらしいんだな。言葉っていうか、ものごとの差をひろげるのに便利なのが言葉だね。だから言葉を使うと自然と差別的になるな。俺はその辺「神」の概念がっていうか、神的なものが関わっていると思うんだが。重大な言葉とかね、重大な言葉のつながり、そういう重みづけの動因は……なんかその言葉に神が宿ったように思える。
 言葉に神が宿るね。
 というよりものごとに名前をつけたり、意味を把握することが、神のことじゃなかろうか。だからナンでも神だね。そう、考えてもよい。それの極端に肥大したものが西洋の唯一神じゃないか。

 だからさ、言葉に神を宿らせるためにはさ、繰り返しその言葉を言わせたり、聞かせたり、見せたりすることだ。するとその言葉が特別な響きを持ってきたりするんで、宣伝なんてそんな手法じゃないの。洗脳もしかりだ……関係ないが洗脳って言葉はよいね。脳ミソの溝を歯ブラシで洗ってくれるみたいでね。洗脳クリニックだね。マエシンイチの洗脳クリニックです。
 繰り返し通ってください。

 マエシンイチ素晴らしい 
 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい 
 マエシンイチ素晴らしい 

 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい

 マエシンイチ素晴らしい 

 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい

 マエシンイチ素晴らしい 

 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい
 マエシンイチ素晴らしい!

 
 こんな具合で毎日唱えていれば、重みづけができるんじゃない。
 好きな人の名前を何度も思い出すとか、ほしい商品を繰り返し見るとか、お気に入りに入れるとか、受験勉強の暗記とか、アホポップスのサビの反復とか、ずれたキャッチコピーで心にひっかけさせるとか、政治のスローガンとか、大日本帝国とかそういうのはさあ……言葉に宿る神の成せるワザだね。おんなじような構図のことに見える。
 最近また「日本」に神が宿ってきてるように俺は思うけどね。
 日本というより「JAPAN」かな。
 じゃぱんじゃぱんうるさくってかなわねえ。
 ホメるムードだね。けなすムードはあんまりナ……やっぱり裏通りの方にあるんじゃない……



 まあそんな感じでさ、あなたもこのブログの読者、っていうか信者になっちゃえばいいじゃない。

 なっちゃえなっちゃえ。
 なんだか読者の多いブログのことを神ブログって呼ぶらしいのよな。
 だからみんなで祈ろう。
 マエシンイチが神ブロガーになれるよう神に祈ったらよいじゃない?

 ねっ、みんなで祈ろう!
 タダだからさあ、祈ったっていいじゃない。
 祈ってよ。
 祈りナサイよ。
 祈れいのれ!
 しのごの言わずいのれっバカ!
 
 さん、はいっ!

 
  ♬マーエーシンイーチー、すばーらしー 
  やーやーややー やーやーややー
  マーエーシンイーチー すばーらしー
  やーやーややー やーやーややー……(くり返し)

 

 

 

       

 

 

 

        

 

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ひねくれもの用の検索システム

 

 

 
「けっこう記事を書いてるのにアクセス数が
 減ってゆくのはどういうわけだ……
 こいつはおかしいぞ」 

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        おかしいブロガー マエシンイチ         

  

 このままゆくと、アクセス数がマイナスになる日も近いネ。
 


 アクセスを待ってるだけじゃダメなんですかね。
 こっちから読者になったりコメントしたりフォローしたりすれば、お返しがくるかもしれんのだが、コメントしたりフォローしたいものが、なかなか見つからんのだよね。
 ウェブってホントに不便だ。
 言い直すとひねくれものには不便なウェブ検索システムだ。
 もう少しつけ加えると……もういいか。
 ひねくれものやあまのじゃくってさ、簡単に納得しない人間のことを言うんで、そういう人がさあ、簡単に検索しようとしても、簡単に求めるものが出てくるはずもないね。
 
 俺の知りたいことが、こんなに簡単に分かってたまるか。
 
 矛盾だよね。検索しやすいようにできているのだし。 
 つまりウェブ世界に対する期待とウェブ世界のじっさいにズレが……っていうかこれだけ多くの人が使っているので、ウェブ世界が混沌とするのは当然で、また何でも情報があるような期待感を持たせるが、だからこそ検索しきれてない気もするし、もっとほかのよいサイトをとも思うし、検索方法は単語をいくつか入力するだけだし、世界が分かりやすく分かってたまるかってのもあり、よく分からない。別にそれで構わない。
 なんかブログをはじめてから、ネットのことしか書いてない気がするな……

 


 昔はネットなんてパソコン通信なんて呼ばれててさあ、90年代はじめころかなあ、あまり詳しくないんだがクライ人がやるもんだろうなあと思ってたよ。
 クライんだね。コンピューターオタクはクライ。
 まあ今だってスマホをツルツルいじってるのを見ると、クライなって思うがね。イメージの問題なんだが……スマホ売る方はそういうことは言わないね。
「クライ」という日本語はマニアックってことかな……マニアックというより理解しがたいオタクだね。理解できないことを、閉じこもった空間で少人数でおこなってたりするとクライって思うらしい。入り込みにくいよね。エロチックな形の木の枝を収集してる……そういうコレクターの人達の会合。「ホウ、これはすばらしい。ひひひ」なんて言ってるところには入りがたい。または入れてくれないかもね。「自分たちだけに分かる」という快楽があるらしい。こんなことやってるの俺たちだけだぞ、ってな。分かりにくいギャグっていうか、些末な感じのギャグが増えてきたのが、そんなことと関わってるんじゃない。でも、「こんなことやってるの俺だけだぞ」っていう快楽は、「こんなことやってて、俺はよいのだろうか」に反転する可能性もある。
 それで逆に広範な、分かりやすすぎるギャグも求められてくるな。細分化した多くにうったえるためにさ、犬を出して「ワン!」ダフルって言わせるの。そんなCMあったよね。✖✖ならまかせなサイ、って犀(さい)の広告もあったよね。そういうのを二極化なんて言うとカッコいいね。多様化と一元化などと言ってな。分かりやすいハナシだよ。つまらないね。
 

 
 だから、っていうかだからでつなげていいのかしらんが、スマホをいじっている人には話しかけがたい。あれはさあ、自室に閉じこもってるんだよね。
 「部屋」ってのはいいたとえだ。
 「お気に入り」のものしか部屋には入れないから。バリヤーができるね。マンガ喫茶の個人ブース的バリヤーが。
 だがウェブ世界って言うように、大きな「世界」ってイメージがあるから、ネットやってるときは閉じこもってんだか開いてるんだか、分からなくなる。
 自分の見たいものだけ見るんなら、閉じこもってるんだろうね。
 
 ひねくれものなら、「お気に入り」なんて気に入らないと言うだろう。あなたにおすすめのサイトなんて、いけすかないね。
 彼は見たくないものから順番に閲覧していく。
 それで「俺の探したいようなものは、検索したくない」などと意味不明のことを言う。
 エライやつじゃないか。
 それほどじゃないが「みんなが探しているようなものは、検索したくない」ってのは可能なんですかね。ひねくれもの用の検索システムだ。


 
 ちょっと仕切りなおすか。
 何か他の話がしたいねえ。
 ロックの話とか映画とかさあ。
 フランクザッパの話でもするか。

  

 
 


 

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